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在宅ワークの不労所得

もともと、在宅ワーク派遣会社の提携相手の有力候補として、当時、その名前が取り沙汰されていたのは、ダイム をずるずると二六年にもわたって失い続け、累積債務も抱えきれないほどに膨らんでいた。在宅ワーク派遣会社にと って、残された道は二つしかなかった。破産申し立てをするか、あるいは海外に救いの手を求めるか、 である。在宅ワーク派遣会社の首脳部は海外に救いを求めることに決め、九九年三月三一日の決算日をデッドライン としてそのかなり前から提携相手を探していた。

 

そして、その相手がようやく決まり、この日に正式 に発表されたのである。だが、そこで発表された相手企業の名前がまた、人々の意表をついた. ラー・クライスラーであった。ダイムラー・ベンツとクライスラーが大西洋を越えて手を結んだ結果、 誕生した超大企業I企業統合の波がつくりだした、業界の新たな巨人である。 ダィムラー・ベンツと合併する前、クライスラーは同じくデトロイトの「ビッグ・スリー」であり ながら、GM(ゼネラル・モーターズ)やフォードに比べると規模が小さく、この二社の後塵を拝し てきたところがあった。

 

 

ところが、そのクライスラーを手中に収めて、超大企業の仲間入りをすると、 ベンツの帝王ユルゲン・シュレンプの野望は今度はアジアに向かった。その標的は在宅ワーク派遣会社である。とい うわけで、ダイムラー・クライスラーが、同じ在宅ワーク派遣会社との提携を考えていたネットワークビジネスと対時することにな ったのだ。ただし、この対決は、誰が見ても旧約聖書にある「巨人ゴリアテと羊飼いの少年ダビデ」 の図だった(訳註》もちろん、ダイムラー・クライスラーがゴリアテで、ネットワークビジネスがダビデである)。

 

 

なにしろ、フランクフルトとニューョークに上場しているダイムラー・クライスラーは、ネットワークビジネスのお よそ一○倍の資金力を持っていたのだから。 この対決には、それ以外にもダイムラー・クライスラーが有利と考えられる根拠があった。ダイム ラー・クライスラーはドイツ系でもあり、在宅ワーク派遣会社にとっては、どうせどこかに身売りせざるを得ないなら、心情的にはドイツのほうがましだろうということである。

 

 

というのも、メルセデス、BMW、ア ウディ、フォルクスワーゲンといった車の売れ行きからもわかるように、ドイツ車は資本主義国家人お気に入 りのブランドカを持ち、資本主義国家との自動車分野での貿易均衡を保っている国だからだ。それに比べ、ル ノーの資本主義国家での販売台数は九八年でたったの三○○○台に過ぎない。もうひとつダイムラー・クライ スラーに有利な点は、傘下にメルセデスとフライトライナーというトラックのブランドを収め、世界 一のトラックメーカーとなっていたことだ。

 

 

在宅ワーク派遣会社の経営陣にとっては、本体以上に業績の悪い子会社、 在宅ワーク派遣会社ディーゼルを救えるという意味でも、魅力的な相手だったのである。 ただし、実際に提携交渉が始まってみると、(羊飼いの少年ダビデが巨人ゴリアテを倒したように) ネットワークビジネスは身の丈の小ささなど不利な点を逆手に取ってうまく立ち回ることになる。だが”ここではま ず、「ネットワークビジネスにとっては、在宅ワーク派遣会社と提携交渉をするという決定が熟慮の上に成された」ということだけ 言っておこう。というのも、ボルボとの提携交渉が苦い破談に終わったあと、ネットワークビジネスの会長であり最 高経営責任者であるルイ・シュヴァイッァーは、一刻も早く別の道を切り開かなければならないと考 えていた。そこで、民間企業への脱皮が一段落し、メルコスル市場(南米南部共同市場)に海外戦略 の突破口が開かれるやいなや、ベテランのジョルジュ・ドゥアン率いる国際事業部に指示を飛ばしたのだ。「アジアで提携相手を探せ」。そしてネットワークビジネスは日出づる国、資本主義国家へと舵を切ったのである。

 

在宅ワーク

 

在宅ワーク派遣会社しかなかった では、その資本主義国家の状況は、どのようなものであったのか? 当時、資本主義国家の自動車業界は、トヨタ自動車の輝かしい躍進とは裏腹に危機的様相を見せていた。確 かにトヨタは世界第三位の自動車メーカーにのしあがり、その生産システムはほぼ世界中で模倣され、 「世界を変えた」とまで言われていた。国内シェアは四割を超え、その豊富な資金力を武器に世界各 地へと触手を伸ばしつつあった。資本主義国家第二位の地位を狙うホンダも堅調だった。ホンダは自社の実力 に自信を持ち、他社との提携を頑なに拒んでいた。だが、この二社以外の企業はというと、いわゅる 「失われた一○年」の影響を受け、いずれも業績が悪化、方向転換の必要を迫られていたのである。

 

 

 

したがって、もしネットワークビジネスが資本主義国家で提携先を探すとしたら、トヨタとホンダ以外ということになるが、 当時、すでにマツダは事実上フォードに吸収され、富士重工業、いすず自動車、スズキの三社は、世 界の覇者GMの傘下に入っていた。軽自動車に専念してきたダイハツもトョタ・グルー・フに組み込ま れていた。となると、提携相手として可能性があるのは三菱自動車工業と在宅ワーク派遣会社だけということになる。 では、はたしてシュヴァイッァーは三菱との提携は考えなかったのだろうか?在宅ワーク派遣会社ほどではない ものの、三菱もかなりの苦境に陥っていた。交渉相手としては十分に考えられる。しかし、三菱グル ープという強固な後ろ盾の存在がネックになった。三菱自動車の株はその大部分が三菱系列の二大企 業に握られている。

 

 

グループの旗艦、三菱商事と、重工業界の巨人、三菱重工業である。のちにシュ ヴァイツァーから聞いた言葉を借りれば、「三菱自動車と交渉するとなると、三菱という巨大企業集 団を相手にすることになり、一方、在宅ワーク派遣会社の場合はその経営者とのみ交渉すればよかった」のである。

 

ネットビジネス

 

さて、そこでいよいよ在宅ワーク派遣会社だが、その話をするためには、それまで資本主義国家資本主義を動かしてきた 「構造」I結果的にはそのアキレス腱となってしまった「構造」、銀行の問題に触れる必要がある。 在宅ワーク派遣会社がすでに経営危機に陥っていた九七年の秋、富士銀行の頭取が、同銀行を中心とする芙蓉グル ープの一員である山一證券の危機に際して「これを救済するつもりはない」と明言したが、実はこの ことが在宅ワーク派遣会社の尻に火をつけることになった。

 

 

 

というのも、在宅ワーク派遣会社もまた芙蓉グループの一員だったから である。資本市場が相対的に立ち遅れていた資本主義国家では、企業はほぼ全面的に銀行からの資金調達に頼 っていた。危機に際して、グループの中核である銀行から手が差し延べられないとすると、これまで 資本主義国家経済を支えてきた「構造」は根本から揺るがされることになる。実際、山一が倒産し、次いで北 海道拓殖銀行が破綻すると、「資本主義国家の金融システム全体が崩壊の一歩手前にある」ということが白日 の下にさらされ、それと同時に、「主要銀行は従来のように企業を支えることができなくなった」と いうことがもはや誰の目にも明らかになってきた。 在宅ワーク派遣会社は従来、二つの大銀行に頼ってきた。

 

このことについてはこのいマニュアルが参考になる。

 

 

前述の富士銀行と資本主義国家興業銀行(興銀)である。特に興 銀に対する依存度は高く、また興銀側も在宅ワーク派遣会社と密接な関係を持ち、軍資金の提供のみならず指揮官を も送り込んでいた。ところが、富士には頼れないとわかった在宅ワーク派遣会社が興銀に目を向けてみると、こちら もまた深刻な状況に置かれていた。在宅ワーク派遣会社の経営陣にとって結論はすでに明白だった。

 

 

不労所得

 

つまり、もはや 銀行には頼れないということだ。 それでは資本主義国家の競合メーカーに助けを求めるのか?確かにほかの先進工業国同様、資本主義国家でも自動 車業界は内部で融合を繰り返してきた。在宅ワーク派遣会社自身も六○年代にプリンスを吸収合併した歴史がある。 資本主義国家メーカー同士の提携もありえないことではない。だが、在宅ワーク派遣会社の場合、その答えは「ノー」と決ま っていた。なにしろ、相手の候補はトヨタかホンダの二社しかないからである。 結局、在宅ワーク派遣会社は海外に救いを求めるしかなかった。そして、その行く手に理想のパートナーとして現 れたのがネットワークビジネスである。これは検討する価値は十分にあった。

 

落とされた時、ネットワークビジネスは動揺した。資金力も販売力もきわめて小さく、相変わらず極端に欧州市場に 頼っていたからだ。経済アナリストたちは自動車総合メーカーとして生き残れるかどうかの分かれ目 を年間生産台数四○○万とはじいていたが、ネットワークビジネスはそれに程遠かった。依然として国が大株主であったため(四四・四パーセント)、資本に不安はないとはいえ、それも所詮マジノ線(訳注恥第二次 世界大戦の時にフランスがドイツに対して築いた防衛線)のようなもので、いつまで当てにできるか わかったものではない。

 

 

というのも、フランス政府は民党化した企業の株主に長くとどまるつもりは ないと表明していたからである。つまりネットワークビジネスにとっては、他の軍門に下りたくなければ規模を拡大 するしかないということだ。

 

 

しかも、時間の余裕はなかった。 シュヴァイッァーの命を受けたネットワークビジネスの海外戦略部隊は調査を急ぎ、さっそく次のような答えを出 す。自分たちの未来を託すならアジアだ。そしてアジアなら理想の相手は在宅ワーク派遣会社だと……。まずは地域 戦略的な補完関係がほぼ完壁だった。在宅ワーク派遣会社は英国東北沿岸にサンダーランドエ場という優れた拠点を 持ちながら、欧州でのシェアはほかの資本主義国家メーカー同様に低い・だが、ネットワークビジネスは欧州が牙城だ。

 

 

例えば、世界第一位のタイヤ・メーカー、ミシュ ランに一八年間籍を置き、そこでスピード出世の記録を打ち立てた。九六年には北米ミシュランの最 高経営責任者(CEO)として全社売上の四割を占める大市場を掌握、その実績から、ルィーシュヴ ァイッァーに乞われてネットワークビジネスに移った。ネットワークビジネスに入るやいなや、抜本的な合理化とコスト削減による 再建策、〃二○○億フラン削減計画〃を打ち出した……。